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【morning,Valentine.】
翠月×天近雨音



「はい、すいくん。ハッピーバレンタイン」
「…………ばれんたいん」
 二月十四日、午前七時過ぎ。起床して学校に行く準備をしていた雨音(あお)がソファーに寝転んだまま煙草を吸っていた翠月(すいげつ)に向けてラッピングされた四角い箱を言葉とともに手渡した。翠月はゆるく目を瞬かせながら伸ばした左手で箱を受け取ればよく分からない、と言いたげな表情で雨音へと視線を向ける。

「あれ、すいくん知らない? 今日はバレンタイン。……んと、好きな人とかお世話になった人にチョコをあげる日なんだよ」
「ふぅん…………」
「すいくん、甘いもの嫌いだから控えめなやつ選んだよ。お酒入ってるやつ」
 バレンタインの説明をする雨音の言葉に翠月は箱をまじまじと眺める。可愛らしい包装紙に包まれたそれには小さなプレゼントタグが付いていて、雨音の少し丸い字で【Dear.翠月くん】と書かれていた。

「……チョコ、嫌いだった?」
「あ? あー……ちげぇよ。……なあ、おれだけ?」
「ん?」
「これ、渡すのおれだけ?」
 煙草の吸い殻を灰皿に押し付けて、空いた右手を少し不安げに眉を下げた雨音に伸ばせば従順な子犬のように雨音が翠月の傍らに寄り床に腰を下ろす。そんな雨音の髪を手で梳かしながら問うた言葉に今度は雨音が目を瞬かせた。
「部活のやつとか、クラスの」
「クラスに渡す人はいないよ? 雛里(ひより)先輩とか海散(みちる)くんにはニコとメリィ先輩と連名で渡すからわたし個人から渡すのは、すいくんだけだよ」
「……ならいい。あとで食う」
 雨音の頭を引き寄せてこめかみに唇を触れさせれば少し満足そうに唇を歪ませる。ぱちくりと目を瞬かせた雨音は翠月の表情に安堵したのか小さく微笑んでから「学校行かないと」と座り込んでいた体勢から立ち上がった。

「気ぃつけて行ってこいよ。怪異にあんまり近づきすぎんな。部活でどっか行くとかは連絡しろ。分かったな?」
「うん。すいくんもちゃんとお昼食べてね。行ってくる」
 ソファーに突っ伏し、腕だけを伸ばしてひらひらと手を振る翠月に苦笑を滲ませながら雨音は鞄を手に取り、学校へと向かうために玄関の方へと足を踏み出す。

「すいくん」
「――――あ?」

 ふと、雨音が足を止めて翠月を呼ぶ。既に二度寝しようとしていた翠月が緩く首を起こし雨音の方へと視線を向けた。
 
「……大好きだよ、行ってきます」
 少しはにかみながら愛の言葉を残して、雨音は玄関の方へと消えていった。返事も待たずに。


「…………帰ったら覚えてろよ、ぜってえ、ヤる」
 一瞬ぽかん、としてから小さく呟いた言葉は、雨音に届くことなく空へと消えていった。

畳む


 

創作

【俺の毒を喰らって】
翠月×天近雨音


「百四十九番」
「…………はい、六百円になります。あっ、あの……お兄さん、いつもこの煙草買われてますよね? その、よかったらこん」
 適当に入ったコンビニで煙草を一箱買った。ぺらぺらと喋っている店員を無視して金だけ置いてコンビニを出る。後ろでまた何か言っている気はするけど、別に雨音(あお)以外の人間が喋ってようがなんの興味も湧かなかった。むしろ、不愉快でしかない。

「だるいし、めんど」

 煙草を咥え火をつけながらスマホで時間を確認すれば十五時、そろそろ雨音の学校が終わるころだ。そんなことを考えていれば足は勝手に高校の方へと向かっていた。つーか、学校なんか行かないでずっと家にいりゃいいのに。そうすればずっと、

「あれ、すいくん?」
 咥えていた煙草の灰が地面に落ちるのと、鈴の音のように淡く柔らかな声音がおれの鼓膜を震わせるのはほぼ同時だった。声がした方へと顔を向ければちょうど高校の裏門のそばに雨音が立っていて、その足はそのまま真っ直ぐにおれの方へと向かってきた。
「すいくん、今日はどうしたの?」
「……用がなきゃ来ちゃいけねぇの?」
「えっ、えと……そんなことないよ? ただ、いつもは連絡くれるから、びっくりしちゃって」
 おれのそばまで来た雨音の、まるで来てほしくなかったかのような言葉に眉間に皺を寄せれば、雨音は慌てたように首を横に振ってそう言葉を吐き出す。あー、そういえば連絡入れなかったな、と今更思い出しながら短くなった煙草の吸い殻を地面に落とせば踏み潰した。
「今日この後の予定は?」
「んー……今日は〝先生〟の所に行く予定もないし、部の活動も今日はメリィ先輩と雛里(ひより)先輩が委員会の用事でお休みだから、帰ろうかなって、思ってだけど……」
「じゃあ早く帰ろーぜ」
 おれの問いに雨音は首を(ひね)りながらそう言った。その言葉を聞きながらポケットに放り込んでいた煙草の箱から一本を引き抜けば咥えながら火をつけて、雨音の左手を掴みそのまま足を踏み出した。

 
「……やっぱり、すいくんはかっこいいよね」
「あ?」
「いや、今日クラスの子にね、言われたの。なんか、前に一緒に歩いてるところ、見たんだって」
「へぇ」
 大人しくおれに手を引かれたまま歩く雨音が唐突(とうとつ)にそんなことを言い出す。言われ慣れた言葉だが別に雨音以外にどう思われようがどうでもよすぎて生返事になってしまった。
「羨ましいって言われてね。確かにわたしには勿体無(もったいな)いぐらいかっこいいよなぁって、思っちゃった」
「馬鹿じゃねぇの。勿体無いとか、思う必要ねーよ」
「だって」
 眉間に皺を寄せる。勿体無い、なんてそんな言葉吐く必要はねぇし、要らないのに。おれは雨音しか必要じゃねぇのに。そんなむしゃくしゃした思いをぶつけるように足を止め掴んでいた雨音の左手を離せばそのまま腰を引き寄せて唇を重ねてやる。くだらねえこと喋んな、そういう意味を込めて。
「あ」
「……ンだよ、またくだらねぇこと言ったら」
「いやその子がね、ファーストキスは何味か、って話してたんだけど、わたしは煙草の味だったなぁ、って」
「…………それ、おれが初めてってこと?」
 唇を離せば間の抜けたような声を出す雨音。照れるとかねぇのか、あんまり意識されてないのか、なんてくだらない思考はその後に続いた言葉に掻き消された。
 ファーストキス。
「? そりゃ、わたし今まで誰とも付き合ったこと、ないし……」
「付き合わなくてもキスぐらいするだろ」
「普通はしなくない? いや他の人は知らないけど、わたしはしたことなかったし」
「ふぅん」
 初めて。
 甘美(かんび)な響きに口元が歪む。このままずっと、雨音の〝初めて〟が全部おれであればいい。少し短くなった煙草を咥え、深く肺まで紫煙(しえん)を吸い込む。慣れ親しんだその味を舌に残したまま、煙草を地面に落とすと同時にもう一度雨音の唇に唇を重ねてやった。
「もう、あんまりお外ではだめだってば」
「舌入れてねぇからいいだろ」
「そういう問題……?」
 唇を尖らせて駄目だという雨音の唇にもう一度軽く口付けしてやれば、またそのまま手を掴んで歩き出す。何か言いたげではあったけどすぐに雨音もまた足を動かし始める。あまり深く考えすぎないのが、雨音の癖だ。まあその〝癖〟のおかげで、おれはこうして此奴(こいつ)の隣に居ることが出来たんだから、おれとしてはラッキーなわけだが。

 
「ね、すいくん」
「あ?」
「今日のばんごはん、何にしようか」
 鈴のような声音と、繋いだ手の温もり。それらがずっとおれだけのものであるように、神なんかに(すが)る気はねぇし、他の誰にも、何にも渡す気はさらさらないけれど、ずっとこのまま、叶うなら二人きりの世界で生きていければ、いやまあ死んでも離す気なんかねぇけど。ずっと、ただ二人だけで。
 
「とりあえず、あんなんじゃ足らねぇから帰ったらがっつりヤる、覚悟しとけ」
「…………もう」
 おれの言葉に雨音は目を瞬かせて、少し困ったように、少し恥ずかしそうに「仕方ないなぁ」と言いながら、いつものように微笑(わら)った。畳む

創作

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