No.6

【morning,Valentine.】
翠月×天近雨音



「はい、すいくん。ハッピーバレンタイン」
「…………ばれんたいん」
 二月十四日、午前七時過ぎ。起床して学校に行く準備をしていた雨音(あお)がソファーに寝転んだまま煙草を吸っていた翠月(すいげつ)に向けてラッピングされた四角い箱を言葉とともに手渡した。翠月はゆるく目を瞬かせながら伸ばした左手で箱を受け取ればよく分からない、と言いたげな表情で雨音へと視線を向ける。

「あれ、すいくん知らない? 今日はバレンタイン。……んと、好きな人とかお世話になった人にチョコをあげる日なんだよ」
「ふぅん…………」
「すいくん、甘いもの嫌いだから控えめなやつ選んだよ。お酒入ってるやつ」
 バレンタインの説明をする雨音の言葉に翠月は箱をまじまじと眺める。可愛らしい包装紙に包まれたそれには小さなプレゼントタグが付いていて、雨音の少し丸い字で【Dear.翠月くん】と書かれていた。

「……チョコ、嫌いだった?」
「あ? あー……ちげぇよ。……なあ、おれだけ?」
「ん?」
「これ、渡すのおれだけ?」
 煙草の吸い殻を灰皿に押し付けて、空いた右手を少し不安げに眉を下げた雨音に伸ばせば従順な子犬のように雨音が翠月の傍らに寄り床に腰を下ろす。そんな雨音の髪を手で梳かしながら問うた言葉に今度は雨音が目を瞬かせた。
「部活のやつとか、クラスの」
「クラスに渡す人はいないよ? 雛里(ひより)先輩とか海散(みちる)くんにはニコとメリィ先輩と連名で渡すからわたし個人から渡すのは、すいくんだけだよ」
「……ならいい。あとで食う」
 雨音の頭を引き寄せてこめかみに唇を触れさせれば少し満足そうに唇を歪ませる。ぱちくりと目を瞬かせた雨音は翠月の表情に安堵したのか小さく微笑んでから「学校行かないと」と座り込んでいた体勢から立ち上がった。

「気ぃつけて行ってこいよ。怪異にあんまり近づきすぎんな。部活でどっか行くとかは連絡しろ。分かったな?」
「うん。すいくんもちゃんとお昼食べてね。行ってくる」
 ソファーに突っ伏し、腕だけを伸ばしてひらひらと手を振る翠月に苦笑を滲ませながら雨音は鞄を手に取り、学校へと向かうために玄関の方へと足を踏み出す。

「すいくん」
「――――あ?」

 ふと、雨音が足を止めて翠月を呼ぶ。既に二度寝しようとしていた翠月が緩く首を起こし雨音の方へと視線を向けた。
 
「……大好きだよ、行ってきます」
 少しはにかみながら愛の言葉を残して、雨音は玄関の方へと消えていった。返事も待たずに。


「…………帰ったら覚えてろよ、ぜってえ、ヤる」
 一瞬ぽかん、としてから小さく呟いた言葉は、雨音に届くことなく空へと消えていった。

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創作

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